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社会的行動を訴えつづけた福音派キリスト者ロン・サイダー逝く

貧困は道徳の問題だと訴えた『聖書の経済学』著者
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社会的行動を訴えつづけた福音派キリスト者ロン・サイダー逝く
Image: Edits by Mallory Rentsch
ロン・サイダー

音主義左派の指導的存在で、『飢えの時代の富むキリスト者』(Rich Christians in an Age of Hunger)の著者であるロナルド・J・サイダーが7月27日(水曜)に死去した。

サイダーは50年近くにわたり、福音派キリスト者に、貧しい人びとに配慮することを呼びかけ、貧困は道徳の問題だと訴えた。罪は個人的領域にとどまらず、不平等と不公正を固定化する社会構造も罪であると論じ、救われたキリスト者は貧しい隣人を助けるために立ち上がるべきだと行動を促した。

「罪を赦されて神と正しい関係を築くことだけが救いではない。救いとは、キリスト者のコミュニティの中で形づくられる新しい生き方でもある。何が罪であるかは聖書に書かれている。それと世界の実情、そして私たちが貧しい人々のために何を献げているかを見れば、私たちの生き方が神に背いていることは明らかだ」

サイダーは、1970年代に登場したボーンアゲイン〔宗教的新生の経験者〕左派の中心的存在だった。しかし、米国の福音派の多くは戦争、人種差別、社会的不平等といった問題に背を向けた。その中で声を上げつづけるサイダーについて、クリスチャニティ・トゥデイの記者は、白人福音派クリスチャンにとっては「倫理的な問いを突きつける目障りな存在」と書いた。

『飢えの時代の富むキリスト者』は、何世代にもわたって若いクリスチャンたちに影響を与え、9カ国語で40万部を販売した。クリスチャニティ・トゥデイ誌は同書を、J・I・パッカー著『神を知るということ』、ケネス・テイラー著『リビング・バイブル』に次いで、20世紀で最も影響力のある福音主義の書籍と位置づけている。

ワールドビジョン〔国際的飢餓救済団体〕名誉会長のリチャード・スターンズは、サイダーを「偉大なクリスチャン精神の体現者。倦むことを知らない正義の闘士」と呼んだ。ソジャナーズ〔クリスチャン共同体〕のアダム・ラッセル・テイラー会長は、「長年の友であり同志。平和と正義のたゆみない推進者」と述べた。両者ともサイダーの本に大きな影響を受けたと述べている。

サイダーは1939年9月、オンタリオ州フォートエリーで生まれ、275エーカー〔1.1平方キロ〕の農場で育った。父親は農業を営みながらブレザレン・イン・クライスト教会(Brethren in Christ Church)――再洗礼派とウェスレアン派の伝統を引き継ぎ、聖さと平和への献身、山上の教えへの徹底的服従を強調する――の牧師を務めた。

サイダーは家族で初めて高等教育を受けたが、真の信仰は知的領域に留まるものではなく、人生のすべてを一新するものでなくてはならないとの信念を持ちつづけた。

オンタリオ州のウォータールー・ルーテル大学でキリスト教護教論のジョン・ワーウィック・モンゴメリーの下で歴史を学び、イェール大学に進んで、ヤロスラフ・ペリカン〔キリスト教史学者〕の下で宗教改革を研究した。学位論文のテーマは、マルティン・ルターと同時代に活躍したアンドレアス・カールシュタット。地位や肩書を捨て、農民の暮らしの中に入って教会で質素を説いた人物である。

サイダーはカールシュタットと同様の改革主義(radicalism)を受け入れ、イェール大学では他の大学院生と一緒に住むのではなく、コネチカット州ニューヘブンの黒人居住区で若い家族向けの家に住んだ。1968年にキング牧師が暗殺されて以後、公民権運動に積極的に参加するようになった。論文のためにラテン語やドイツ語を読んでいないときは、黒人活動家の有権者登録を手伝い、イェール大学でインターバーシティー(キリスト教の学生団体)の学生を公民権運動に勧誘した。

卒業後、メサイア大学フィラデルフィア校、そしてイースタン大学パーマー神学校で教職に就いた。フィラデルフィアのジャーマンタウンのアフリカ系アメリカ人居住区に住み、人種差別、戦争、貧困をテーマに授業を行った。

サイダーは政治的な活動にさらに力を入れた。1972年の大統領選挙では、反ベトナム戦争を訴えたサウスダコタ出身のジョージ・マクガバンを支持し、「マクガバンを支持する福音派」(Evangelicals for McGovern)を設立した。マクガバンは対立するニクソン陣営から、「麻薬容認、徴兵忌避容認、妊娠中絶容認候補」と中傷された。

歴史家のデービッド・スウォーツによると、「マクガバンを支持する福音派」は、第二次世界大戦以降では、特定の大統領候補を支持した最初の福音派の団体である。その頃の福音派は、ビリー・グラハムなど著名な指導者がニクソン大統領支持を表明していたものの、モラル・マジョリティやクリスチャン・コーリションといった宗教右派グループはまだ組織されておらず、左右のいずれが優勢になるかは微妙な状態であった。サイダーは、トム・スキナー〔人種差別反対を訴えた伝道者〕、ジム・ウォリス〔ソジャナーズ創設者〕、リチャード・モウ〔神学者〕といった人々とともに、優勢をつかみ取ろうとした。彼らは、イエスを愛し罪を憎むキリスト者は、ベトナム戦争に反対し、法による統治を支持し、貧困を拡大させる経済政策に反対するための意志と行動をすべきだと考えた。

マクガバンがニクソンに大敗したあと、1973年の感謝祭の前に、サイダーの呼びかけで50人ほどのグループがシカゴのYMCAの地下室に集まり、「福音派の社会意識に関するシカゴ宣言」を起草した。

「私たちは、キリスト者に市民としての責任があることを認める。それゆえ私たちは、国の経済力と軍事力に対する誤った信頼、すなわち戦争と暴力の病をはびこらせ、国の内外に暮らす隣人を虐げる傲慢な信頼に否を叫ばなくてはならない。私たちは、国家とその機関を宗教心にも似た忠誠の対象とする誘惑に抵抗しなければならない」

1977年、サイダーは『飢えの時代の富むキリスト者』を出版し、貧困は経済の問題であるだけでなく道徳の問題でもあると主張した。聖書の教えを真剣に受けとめるクリスチャンは、富の不公平な配分に反対し、貧しい人々を犠牲にして権力者を利する社会構造の不公正を見抜くべきだと述べている。

「飢餓が地を覆っている。資源の不平等な分配が原因であることを私たちは知っている。アメリカ人は飢えに苦しむ人々の海に浮かぶ裕福な島で暮らしている」

福音派キリスト教徒は伝統的に、貧困につながる個人の罪(怠惰やアルコール依存など)は責めるが、国の政策や企業活動の責任には目をつぶってきた。

「もし神の言葉が真実なら、豊かな国に住む私たちは罪に囚われていることになる。組織的な不正から利益を得ているからだ」とサーダーは書いている。私たちは神と隣人に対して申し開きできない罪を犯している」

キリスト教再建派(リコンストラクショニスト)のゲーリー・ノースは『飢えの時代の富むキリスト者』を、「罪の意識を煽る書」と激しく非難した。キリスト教的世界観に立つ哲学者フランシス・シェーファーはサイダーを、世俗的ヒューマニズムに屈し、社会の物質的問題を重視しすぎていると批判した。

しかしこの本は福音派の中で熱心な読者を獲得した。特にインターバーシティ〔クリスチャンの学生団体〕の学生を中心に、アメリカのみならず諸外国でも大学生伝道において人気を博した。『聖書の経済学』はドイツ語、オランダ語、ポルトガル語、日本語、韓国語などに翻訳され、何十年にもわたって左派系クリスチャンのあいだで読み継がれた。

クリスチャニティ・トゥデイ誌は1992年に、サイダーを次のように評している。「社会問題や政治問題に関心を持つ福音派の小さなグループに熱心の火を点した。彼らの大半は若く、高学歴、理想主義的で、社会正義や人種差別反対、シンプルライフへの関心を共有した」

サイダーは1978年に「社会的行動のための福音主義者」(現在は「社会的行動のためのキリスト者」)を設立したが、進歩的福音主義運動への強い期待は、ロナルド・レーガンの人気と宗教右派の目覚ましい台頭によって粉砕された。共和党のリーダーたちは、最高裁から地元の教育委員会に至るさまざまなレベルの問題で、福音派の白人クリスチャンに共通する利害を見出して積極的に働きかけた。他方、民主党のリーダーたちは、その多くがジミー・カーター〔大統領在任1977―1981〕の道徳主義を偏狭で批判的(judgmental)と感じて敬遠し、宗教的問題意識の表明を控えるとともに、信仰心で動く有権者と距離を置いたり関係を断つなどした。

それでもサイダーは、福音主義の道徳的問題意識に立脚して講演や執筆を続けた。そのなかには、簡素な生活を奨励する本や、初期のキリスト教会〔1世紀後半から3世紀〕に見られる全包括的な生命尊重(プロライフ)に関する歴史的研究などもある。ESAはアパルトヘイトの南アフリカに対する制裁のロビー活動を行ったり、「福音派環境行動ネットワーク」を組織して自動車の燃費基準の引き上げを求めるキャンペーンを展開するなどした。

サイダーは1980年代、ラテンアメリカの独裁政権を支援する米国政府に抗議した。1991年の湾岸戦争、2003年のイラク侵攻にも反対を表明した。

歴史家のブラントリー・ガサウェイはサイダーについて、「人工妊娠中絶を暴力や経済的不公正の問題と切り離して扱うことを拒否し、保守的な福音主義者に対し完全なプロライフであることを促した」と書いている。「サイダーの経歴はほろ苦い。それは、現代の福音主義政治がなり得たかもしれないが、なり得なかったものを想起させる」

サイダーは2020年の選挙戦でも、荒野に立って福音派に警鐘を鳴らした。編者として『ドナルド・トランプの霊的危険』(The Spiritual Danger of Donald Trump)と題するキリスト教政治論集を出版した。

同書についてサイダーは、「深い悲しみと、あきらめない希望を持って」出版したと述べ、米国のキリスト者に対し、政治的見解を乗り越えて、「真実への献身、異論に対する敬意、理に適った妥協点を見出す意志」を呼びかけた。寄稿者は、クリスチャニティ・トゥデイ誌元編集長のマーク・ガリ、福音主義哲学者のマイケル・オースティン、神学者のサミュエル・エスコバル、元共和党下院議員のリード・リブルなどである。

サイダーは同書で次のように述べている。「私たちキリスト者が、神の導きを祈り求め、真理と正義と道徳的誠実に関する聖書の原則に無条件で従い、それをあらゆる政治的決定に適用するなら、子や孫に良き未来を引き継ぐうえで大きな貢献ができるはずだ」

2021年3月、彼は進行性の膀胱癌と診断されたこと、放射線治療と化学療法を始めたことを自身のサイトで公表した。「ゆるされるならあと10年地上の生を、しかし私の願いではなくあなた〔神〕のみこころが成りますように」との祈りと、幼少期に親しんだ讃美歌を口ずさむ日々をすごしていることを記した。

み使いの歌はひびけり 麗しくきよらに
わがうちに深くこだまし 魂をなぐさめん
ああ 平和よ すばらしき 平和よ
とこしえに神の平和を 与えませ われらに

サイダーの逝去を受け、「社会的行動のためのキリスト者」のニッキ・トヤマ=シェト代表は次のように述べた。「謙遜で、親切で、預言者の声を上げつづけた人を失った現実を感じています。でも、訃報に接した直後の動揺が静まるにつれ、ロンが大小さまざまな行動を通して私たちに神の心を示してくれたことや、イエスに従うことの真の意味を示してくれたことについて、感謝の思いで心が満たされています」

トヤマ=シェトによれば、サイダーは闘病中、自伝の執筆に取り組んでいた。「ロンは死を恐れておらず、地上の生の後に、もっと素晴らしいストーリーが自分を待っていると確信していました」

サイダーの子息テッドは7月28日、フェイスブックとサブスタックで父が前日に亡くなったことを伝え、「家族とともに父の死を悼んでください」と呼びかけた。

遺された家族は59年間連れ添った妻アービュタス・リヒティ・サイダーと3人の子どもたちである。

[ This article is also available in English and español. See all of our Japanese (日本語) coverage. ]

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